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母とアブノーマルな子
 母と一緒に風呂に入った姉が、出て来て「お母さんが泣いてたよ」と私に言った。何を言ったか忘れてしまったが、確か酷い暴言をはいたのだと記憶にある。
 子供の頃から「この子はアブノーマルだから心配でね」と母に言われていた。アブノーマルと言われたんだからアブノーマルになってやろうじゃないかと思ったが、どうすれば良いのかそれが分からない。まー今でもノーマルな人間ではないとは思うが。
 小学生の高学年の頃、母の財布から時々お金を盗んだ。どうにも随分悪い子だったのだ。そのお金で駄菓子屋に行った。チョコレートで大きな箱に指で押すと破れて当たり外れが出てくるのがあって、数カ所開いていたと思うが、後の全部をお金を払って開けてみた。書いてある特賞が一個も出て来なくて、こう言う物はそうなってるんだと分かって二度とこの遊びはしなかった。刀だとか、お菓子だとかを買って、友達を連れて皆にあげた。家の近くの友達を連れて駅まで行って、タクシーに乗って家まで皆を連れて帰ったこともあった。タクシーの運転手も私の事を覚えていた。
 ある日、風邪を引いたかで寝ていた時、母に隠していたお金を見つけられて、酷く叱られた。アブノーマルと言われても仕方が無いな。
 5人兄弟で男女男女男と随分うまく生み分けたものだとよく思う。それも3年4年4年3年と間がちゃんと計画したかのような間隔がある。父がそのくらい帰って来なかったんじゃないと誰かが言った。兄二人がブラジルでだったか、料理屋で大喧嘩になったと言う話しを聞いた事がある。その料理屋の女将が「良いですねーどちらの方がお母様が好きかって喧嘩されるんですから」との事だった。
 上の兄は大学卒業後ブラジルで元気で居てくれるが、二番目の兄は大学卒業後アメリカの大学を卒業、アメリカ企業に就職後、その日本支店に帰って来たが50歳の若さで、父と同じ胃がんで亡くなった。
 母はある時相談した占い師に「最後は一番下のお子さんに見てもらいますよ」と言われたと、何かあるごとに私に言った。そうなった。

 私が始めて魚が美味しいと気付かされたのは、確か大学生の頃だと思う。母が旅行に行ったお土産に買って来た目刺しを食べた時だった。これは感動物だった、本来の作り方でちゃんと作ったものは、本当は美味しい物だったのだと、始めて知った。そう言うと、母は自慢そうに笑った。
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【2011/04/06 12:03】 カフェでのはなし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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