スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) | page top↑
思い出(小学校1年生ころ)4
ある日、母親が僕を保健所に連れて行った。
どんな検査をして、どんな話しをしたかは覚えていないが、脊髄性小児マヒで、右足に障害があると。
そして6級の障害者手帳をもらった。
町に靴の修理屋さんがあった。実はそこは千さんのお父さんだったのだけれど。右足が短いので、体全体がちんばになると腰や内蔵にまで影響すると言うので、右の靴だけ底を4センチくらい高くした。
重い!そりゃそうさスポンジと言ったって硬めの奴で、4センチもあれば重いし、それに1歩ごとに階段を登っているようなものだし。
しばらくして、その靴を履かないで済むようになった。
その事以外にも保健所に連れて行かれた事があった。何かパズルのような事や、問題をやらされて、頭が悪いから、それも障害があるかもと心配したのだろう。確か随分反抗的な態度をしたような気がする。

父の所に、もと柔道家だというマッサージの人が来て、「直せる、直せる」と一生懸命になって、僕の足をコネクリカエした。そんな簡単に治る訳が無いと、僕は「よくも病状も知らずにやれるものだ」とせせら笑っていた。
汗をかいてその人は帰って行った。

学校では「ビッコ,ビッコ」とよく言われたが、随分いじめられたと記憶があるが、今のようなイジメは無かったように思う。相撲が好きで当時の栃錦が大好きだった。砂場で一番強い金井君と相撲をした時、そっと右足を彼の足の間に忍ばせて、一気に引いた事で、何と勝ってしまった。良い方の左足は人並み以上に強かったから。
兄とプロレスをやっても左足はやられる事は無かった。
スポンサーサイト
【2011/01/03 18:43】 カフェでのはなし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<年を取った証拠です | ホーム | ホームページが壊れた>>
コメント
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://omocyayasan.blog12.fc2.com/tb.php/142-5d506cfb
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。